1000形
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 1994年登場。銚子電鉄におけるワンマン化と小型で輸送力に難のあった100形・500形を置き換える目的も兼ねて投入された、銚子電鉄では初の高性能車両である。車体は営団地下鉄で活躍していた2000形を両運転台化したものであり、富士急行5700形(もと小田急2200形)発生品の台車と営団3000系発生品の電装品を組み合わせたものである。尚、増設された運転台は新規に製作されたものではなく、別の先頭車両の運転台を接合したものとなっている。譲渡に際してはワンマン運転対応機器も取りつけられているが、基本的な内装は営団地下鉄時代から然程変わっておらず、セクション通過時に使用していた非常灯もそのまま存置されている。因みにこの車両は当初日立電鉄に譲渡される計画だったものが質流れになったものである。1000形は2両が竣工し、銚子電鉄の主力車両として20余年に渡って活躍した。2010年の2000形導入までは銚子電鉄では最新の車両ではあったものの同車自体は日立電鉄の車両と同じく冷房化されておらず、冷房車の導入はそれまでお預けと言う形になった。尚、デハ1001号車は2007年より2012年までの5年間「桃太郎電鉄」のラッピング車両となり、晩年は2両とも往時の営団地下鉄カラーに塗り替えられていた。2両のうち1002号車は2015年1月に、更に1001号車も2016年2月に営業運転を退き、営団2000形の系譜はここに終焉となった。現在もなお1002号車が仲ノ町車庫に留置されている他、1001号車は松戸市の「昭和の杜博物館」で静態保存され、2両とも現存はしている。

 2010,01,01 笠上黒生


■Variation
 デハ1002号車は2008年より「鉄子の旅」でお馴染みのマンガ家菊池直恵氏プロデュースの塗装に変更された。どことなく銀座線を思わせる印象であるが、2011年には丸ノ内線時代の塗装に塗り替えられ、正式にリバイバル塗装がなされることとなった。尚、デハ1001号車は2012年より銀座線時代の塗装に塗り替えられる事となり、それにより営団地下鉄時代の塗装が復刻する。

 2010,01,01 仲ノ町車庫
 2012年になり銀座線時代を彷彿とさせるオレンジ一色に塗り替えられた1001号車。同車は最後まで銀座線で使用されていたため、およそ20年ぶりにこの塗装を纏うことになった。同車は「桃太郎電鉄」ラッピングに際してモケットが桃太郎電鉄の仕様に改められているが、その点は塗装変更後も変わらずに存置されている。

 2013,08,03 仲ノ町
 銚子方のパンタグラフのついていない前面は、車両番号も営団地下鉄時代の「2046号車」へと改められている。この塗装変更に際して方向幕も変更されており、営団地下鉄時代を思わせるものになった他、実際に「渋谷」等の行き先も表示できるようになっている。同車は2016年2月いっぱいで営業運転を引いており、その後は松戸市の「昭和の杜博物館」に移設の上静態保存されている。

 2013,08,03 仲ノ町
 銚子から離れた千葉県松戸市に安住の地を得た1001号車。同地への移送に際しては一旦車体がに分割されており、合わせてモーターなどの電装品は大半が取り外されている。なお、同車は2016年の引退を前に、営団2000形としての落成当初に纏っていた屋根部分の臙脂塗装が復活しており、保存に際してもそのままとされている。

 2016,11,26 昭和の杜博物館
 2011年に丸ノ内線時代の塗装へと変更された1002号車。同車は営団時代末期は丸ノ内支線に在籍していたため、久々にこの塗装を纏うこととなった。同時に方向幕も変更されているが、こちらは「中野坂上⇔方南町」等、丸ノ内線の行き先も表示できる。当初は両方の前面とも現行車番が表示されていたが、現在は銚子方の前面の車番は営団時代の車号である「2040号車」に改められている。この車両は2015年1月に営業運転を退いた。

 2013,08,03 仲ノ町車庫
 登場時から2008年までは、2両とも1990年代の標準塗装である赤とこげ茶の二色に塗られていた。現在、運用を離脱している800形を除けば同塗装を纏う車両は存在しない。

 2005,04,08 仲ノ町〜観 音★
2016/11/26