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1988年の愛知環状鉄道線開業にあわせ、その前年より日本車輛にて製造された車両である。全長19m、片開き三扉の鋼製車体が採用された。このうち片運転台の車両は100形(制御電動車)と200形(制御車)、両運転台の車両が300形と形式がわけられている。いずれも運転室が半室構造となり、乗務員室の背後に側扉を設けるなど、将来のワンマン運転に対応した設計となっている。電動車の100形・300形はいずれも1M車となっており、また台車にボルスタレス台車を採用する等しているが、製造コスト削減の観点から国鉄101系の廃車発生品も流用されており、制御方式は抵抗制御、主電動機も101系と同じMT46型となっている。車内はセミクロスシートとなっており、ボックスシートにはビニールカバーが取り付けられていた。なお、路線が比較的短距離であることもあり、トイレは設けられていない。100系は1992年までに、100形・200形が2連9本、300形が5両製造され、総勢23両の陣容となった。両運転台の300形は100形・200形への増結用車両という位置付けが強く、基本的には両者を組み合わせた3連を組成して活躍した他、100形の検査時に代走として200形と連結することもあった。このため、300形の岡崎方の運転台は殆ど使用機会がなく、イベント時等に限定されていた。15年近くに渡って愛知環状鉄道の主力車両として活躍したが、この間に乗降客数は高まっており、特にラッシュ時では片開き扉が乗降の支障を生じるようになった。そこで2002年には2000系への置き換えが始まり、同系列は徐々に淘汰が始まったが、2005年の万博輸送に際しては最長となる4両編成での運転が行われ、万博輸送に貢献した。この万博輸送の終了を待ち、100系は同年11月に全て運用を離脱している。尚、このうち100形・300形については改造の上でえちぜん鉄道に譲渡され、現在も主力車両として使用されている。因みに愛知環状鉄道では2000系に統一された現在もワンマン運転は行われておらず、ワンマン運転を主眼においた100系の当初設計は活かされることなく引退している。
2005,03,21 万博八草★ |