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100形はそれまで秩父鉄道に在籍していた車両の体質改善を図る目的で1950年以降に導入されたものである。完全新製された車両と既存車両の機器類を流用し車体を新製した車両があり、車籍自体も複雑な遍歴を辿る車両も存在するが、いずれも日本車輌製の全長17m級半鋼製車体を有している。前面は非貫通構造かつ正面3枚窓で、タブレット授受の関係から運転台は中央に設けられていた。側面はウィンドシル、ウィンドヘッダーともつけられている。本形式は総勢31両が製造されたが、両運転台の電動車であるデハ100形が13両、片運転台の制御車であるクハ60形が7両、制御車かつ荷物合造車であるクハニ20形が10両、制御車かつ郵便合造車であるクハユ30形が1両という陣容であった。デハ100形は片側2扉であったが、クハ60形は片側3扉であった。また合造車は旅客用の側扉2つに加え、前頭部に荷物・郵便室用の扉が配され実質3扉となっていた。いずれも客室内はロングシートとなっていた。外装は、登場当初はマルーンを基調に窓下にクリームの帯を巻いたいでたちであったが、1960年代には塗装変更が施されたている。1963年からは更新工事が施工され、デハ100形については三峰口方の運転台が撤去されて貫通路が新設され、三峰口方に制御車を連結した組成になった。一部のクハ60形は更新に際し付随車に改められ、同車を組み込んだ3連も見られた。なお、この更新の際に前面窓がHゴム固定となった他、運転台のある中間の窓が拡大されており、独特な外観となっている。1973年までに事故等で2両が廃車された他、郵便輸送の廃止に伴い1973年にクハユ30形が荷物合造車に改められ、クハニ29という車号に改番されている。更新工事後は2連10本、3連3本という陣容となり、長年に渡り秩父鉄道の主力車両として運用されてきた。1970年代には制御車の台車が換装される、1983年頃から正面に方向幕が搭載される(それまでは正面窓下に方向板を搭載。方向幕搭載後は「秩父鉄道」と表記)等の後天的な改造もなされたが、800系や1000系等に置き換えられる形で1980年以降には廃車が進み、最終的には1988年までにその姿を消している。同型全廃後の1989年以降、デハ107号車とクハニ29号車が三峰口駅構内の秩父鉄道車両公園に保存されたが、劣化が進んだことから2019年に解体されている。その他一部車両がバンガロー等に転用されている。
2013,03,07 秩父鉄道車両公園 |