コ11・21形
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 南海電鉄が運営する鋼索線は、高野線の終着駅極楽橋から山上の高野山駅まで凡そ0.85km、高低差364mを5分で結んでいる。最急勾配は562.8‰(高野山駅付近)あり、鉄道事業法に基づく鋼索線の中では全国でも3番目に勾配が急な路線となっている。麓側の極楽橋駅周辺は殆ど何もないが、山上の高野山駅は宗教都市かつ世界遺産である高野町中心部への玄関口として位置づけられており、一般的なケーブルカーとは逆の様相を呈する。この鋼索線は当時の高野山電気鉄道によって1930年に開通し、既に開通していた鉄道線とあわせ、大阪等と高野山をアクセスするルートに組み込まれた。宗教都市である高野へのアクセスの他、高野町の住民の生活の足としての機能もあったことから、戦中期に軒並みケーブルカーが休止・廃止に追い込まれた時期であっても運休しなかった稀有なケーブルカーである。1947年に現在の南海電鉄による運営となり、現在に至っている。現在までに3度車両交代がなされており、現行の車両は4代目にあたる。

 2018年まで用いられた3代目の車両は、1965年の高野山開闢1150年を記念した大法会にあわせ、輸送力の増強を目的として1964年に日立製作所で製造されたものである。先代となるコ1形は10年弱と短命ながらアルミ合金製の車体を採用した先進的な車両であり、本車両も引き続きアルミ合金製の車体が採用されている。前述のとおり輸送力の向上を目的としているため、日本のケーブルカーでは数少ない2両連結の構造となり、2両あわせた全長は21m超となった。これにより、既に就役していた特急型車両20000系の乗客を一度に輸送する収容力を持たせている。また、鉄道線である高野線との連続性を示すために、当初は20000系に準じた二色塗りの塗装となり、前照灯・尾灯もやや類似したものとなっている。側扉は1両につき3か所、外吊り式の扉が設けられたが、この扉はケーブルカー用の車両では初めて製造当初より自動化されている。集電装置は菱形パンタグラフで、コ11形に2基備え付けられている。本形式と併せて導入された巻上機は、押しボタンによる自動運転技術や無衝撃型制動装置など当時の最新技術が取り入れられており、国内ケーブルカーの近代化にも大きく寄与している。本形式は1964年12月より営業運転を開始したが、先代のコ1形と同様、車両メーカーから極楽橋までは天王寺を経由する形で乙種輸送が行われている。1983年の30000系就役後は同型に準じた塗装に塗り替えられている。2014年にモケット交換などのリニューアル、2015年には高野山開闢1200年にあわせ、インバウンドの増加を見込んで南海電鉄の車両で初めてLCDの車内案内表示器が取り付けられるなど、製造から50年を超えてなお改良が加えられつつ高野山へのアクセスに従事した。日本の鋼索鉄道でも長命な部類に入る車両であったが、2018年に設備更新により新型車両へと置き換えられることになり、同年11月に惜しまれながら現役を引退した。

 2014,04,28 高野山


■Variation
 山麓側のコ21形は窓とライトの位置が離れており、山上側のコ11形とは印象が異なっていた。

 2014,04,28 極楽橋
2019/10/07