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キ100形は1928年に製造が開始された、当時の鉄道省として初めての鋼製ラッセル車である。車長は11m程で、それまで製造されていたラッセル車のキ1形と同様、前部に操縦室、後部に機械室を備えた構造を有している。前頭部は楔形となっており、線路上の雪を左右にかき分けることができる。また、前頭部にはフランジャーと称される可動式の排雪板があり、これを下げることにより、軌間内に堆積した氷雪を取り除くことができた。側面には可動式のウィングが設置され、これを展開して走行することで、かき分けた雪を更に左右に押し出すことができた。ウィング、フランジャーの動作は圧縮空気を用いるが、連結する機関車から送られる圧縮空気を屋根上に設けられたエアタンクに溜め、それにより作動させていた。機械室内にはシリンダーが設置されていた他、詰所としての役割も担うことから、機械室内部には座席とだるまストーブも設置されている。ラッセル部の形状は車両により異なっており、北海道向けの車両を中心に延鋤型と称される形状となっているが、流線形に近い形や直線形状となっている車両、後年になり改められた車両もあり、1両ごとに微妙に異なっている。なお、キ273号車1両のみ1961年に「パラボラ型」と称する独自の流線形状に改造され試用されたが、その後は実用化されていない。キ100形は除雪車の標準車両として1956年まで製造が続いた他、戦中期の物資不足から、本形式と同一構造ながら車体の大半を木製としたキ400形が1943年から翌年にかけて19両新造されていたが、1両を除いて1953年には鋼体化の上で本形式に編入されている。これにより最盛期には実に194両もの陣容となり、除雪車の中では最も両数の多い形式となった。なお、本形式を含め除雪車は最高時速が65km/hとなっており、所謂ヨンサントオと称される1968年のダイヤ改正に際して貨車の最高速度引き上げが行われた際は、識別のため黄色1号の帯が巻かれている(従前は黒一色)。この頃には後継となるディーゼル機関車やモーターカーも開発されており、経年も併せて昭和後期には両数が漸減していった。大半は国鉄時代に除籍されており、国鉄分割民営化に際しては2両がJR北海道に継承されたのみとなっている。この2両は主に標津線の除雪に用いられたが、同線が1989年に廃止となるとお役御免となり、同年中に形式消滅となった。保存車両も多いが、国鉄時代に廃車となった車両の一部は弘南鉄道や新潟交通など東北・中部地方の私鉄に譲渡されており、このうち津軽鉄道・弘南鉄道に譲渡された車両は現在も車籍を有し現役で使用されている。
2014,06,27 小樽市総合博物館 |