ホキ10000形
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 1980年登場。セメントの燃成燃料には従来重油が用いられていたが、一部ではオイルショックを契機に燃料を輸入石炭へと変更することになり、セメント工場へ輸入石炭を輸送するべく製造された石炭輸送用35t積み私有ホッパ車である。専用積荷が石炭であるが、従前の国鉄石炭車が全て国有車であったこともあり、私有である本形式はホッパ車として製造された。ホッパは耐候性高張力鋼製で底部から荷卸しを行う構造となっており、各車空気管を接続すること編成単位での荷卸しが可能となっている。端部はデッキがあり、点検用梯子がホッパ上部に向けて掛けられている他、片側に空気溜め、反対側には手ブレーキが備えられている。1981年までに272両が製造され、トップナンバー以降の250両がチチブセメントの保有(原則として秩父鉄道武州原谷駅常備)、ラストナンバーを含む後半の22両が電気化学工業の保有(青海駅常備)となった。なお、後者は富士重工で製造されているが、こちらはホッパ部の鋼板厚みが増大し、石炭の成分である硫黄の腐食対策が強化されているが、これにあわせ側板の本数も他の車両より多くなっていた。全車ともJR貨物に引き継がれるが、電気化学工業の所有車は1996年に運用を外れ、転用されず早々に全廃となったが、チチブセメント所有車両はその後も引き続き石炭輸送に用いられた。2000年からは中部国際空港の建設に際しての土砂輸送のために三岐鉄道の東藤原駅常備に転じた車両もあり、そちらは積荷を石灰石専用に変更している。東藤原に転じた車両は2002年の石灰石輸送終了で休車となる車両が現れ、一部は元の石炭輸送車に戻され再び武州原谷駅常備となったが、休車にならず関東にも戻らなかった残存車は、引き続き中部国際空港関係の骨材輸送に用いられた。この運用は2012年まで続いたが、同年2月末を以て運用が終了したため、そのまま運用を外れて廃車された。結果的に本来の石炭輸送に従事していた太平洋セメント所有のグループが最後まで残ることになり、鶴見線の扇町から熊谷貨物ターミナルを経て秩父鉄道の三ヶ尻までを結ぶ石炭列車に充当された。2019年に太平洋石炭販売輸送が貨物輸送を廃止してからは、本形式を用いた貨物列車は文字通り国内に最後まで残った石炭輸送貨物列車となったが、2020年3月のダイヤ改正で惜しまれつつ列車の設定が廃止されることになり、その姿を消している。

 2018,05,12 武 川


■Variation
 ホキ10000形のうちホキ10155〜ホキ10249は川崎重工で製造されている。ホキ10000〜ホキ10154までの日本車輌製の車両とはほぼ同一である。なお、ホキ10000形は全車単一年度内(1980年度内)に製造され、かつ製造番号によってメーカーが異なることもあり、必ずしも製造番号と製造順が一致していない。

 2018,05,12 武 川
 中部国際空港建設時の土砂輸送のため三重地区に転じたホキ10000形。こちらでは東藤原〜四日市間で埋立土砂輸送に用いられた。積荷が石灰石へと変わったため、ホッパー内の補強材が増加されている。保有社が合併して太平洋セメントになっても長らくの間「チチブセメント」のマークを掲出し続けた同社だが、2008年に現有車に限り「太平洋セメント」への表記へと改められている。土砂輸送終了後も骨材輸送用に引き続き残されたが、2012年までに運用を退いている。

 2008,03,17 東藤原
 中部国際空港関連の輸送が終わり、伊勢治田駅構内で休車中のホキ10000形。現役車が太平洋セメントの表記に替えられていたのに対しこちらは当時はまだ旧社名であるチチブセメントの表記がなされていたが、この後取り外されている。この時点で休車となっていた車両は後に太平洋セメント藤原工場内で解体されている。

 2008,03,17 伊勢治田
2024/04/23