EF61形
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 1961年登場。その前年から製造が開始されたEF60形は、ED60形で導入されたバーニア制御や高出力主電動機の導入など、それまでのF級機を大きく凌駕する走行性能、粘着性能を発揮したが、蒸気暖房装置を搭載せず、歯車比も牽引力に重きが置かれており、どちらかといえば貨物輸送を主眼に置いた機関車であった。本形式はEF60形と同様の主電動機を採用しつつ、旅客用途を主眼に開発されたものである。前述のとおり、主電動機はEF60形と同じものが6基搭載されたが、冬季に旧型客車等を牽引する際に必要な暖房の熱源として蒸気暖房装置を搭載している点が特徴である。これにより、車長はEF60形と比べて1m以上長い17.6mとなった。他方、バーニア制御器や再粘着装置といった貨物列車の牽引力に影響する機構を省略することで、運転整備質量はEF60形と同じ96tに抑えている。また歯車比は高速寄りに変更されており、営業最高速度も95q/hと引き上げられている。駆動方式は引き続きクイル式が採用されている。側面の窓配置はEF60形(初期車)から変更され、ルーバーの上部に細長い側窓を配置するものに改められた。室内の採光効果向上を目的とした窓配置だが、この窓配置はEF60形の後期型を始め後継の機関車にも採用されており、EF81形に至るまでの標準となった。なお、登場時はぶどう色2号の一色塗りであったが、後に青15号、クリーム1号の塗分けに変更された。既に動力分散型車両が主流となりつつあった潮流もあり、同一年度内に18両が製造された時点で打ち止めとなっている。登場当初こそ寝台特急牽引を始め旅客運用に用いられたが、EF60形500番台等の導入や新幹線開業等の影響もあり、早々に旅客運用は縮小傾向となり、本来の用途ではない貨物列車にも充当された。また、郵便・荷物列車は冬季に暖房を用いることから本形式の装備を活用することができた。なお、クイル式駆動方式は後年の保守等に難があり、他のクイル式駆動方式の機関車同様、1974年以降リンク式に改造されている。また、一部の車両は前照灯がシールドビーム2灯に改められた。元々少数派の形式であったことに加え、外板の薄さや蒸気暖房装置からの蒸気が車体の劣化を早めたといわれており、1983年には廃車が発生している。1984年の郵便輸送縮小等もあり、1985年までには全車運用を離脱し廃車された。

 基本番台とは別に、広島貨物〜西条間の後補機として長年使用され、経年を迎えていたEF59形の置き換えを目的に、1977年以降EF60形の初期車を改造して本形式に編入しており、それを200番台に区分して後補機として用いた。前述のとおりEF60形の初期車からの改造のため側窓配置は基本番台と異なり、更に重連総括制御を想定したことから前面は貫通扉が新設され、一部にはデッキも搭載された。しかし、重連で後補機となった時に推進力が過大で、急制動時に貨車が座屈脱線する危険性を指摘され、重量貨物列車の後補機としては不向きであることが判明したことから、本格的なEF59形の置き換えには至らず、8両が改造されたことで止まっている。EF61形の基本番台も後補機に改造する計画はあったが、この理由から取りやめられている。国鉄の分割民営化に際しては、200番台7両のみがJR貨物に継承されたが、EF67形への置き換えにより1990年までに廃車されており、これによりEF61形は廃形式になった。201号機が吹田機関区に保管されていたが、扇形庫解体と同時に解体された。なお、基本番台では4号機の前頭部がカットモデルとして広島車両所に保管されていたが、これも2022年に解体されている。


 2017,10,21 広島車両所


2026/06/29