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1964年に東洋工機で製造された初期車は、側窓が一段上昇式となっており、その配置も2次車とは異なっている。また、運転台は低運転台構造となっており、窓の高さは揃えられている。この初期車のうち、高崎方に連結されているクハ300形は、増結車両を連結する必要がなかった(当時増結車は下仁田方に連結)ことから、非貫通構造となっていた点が特徴であった。この初期車は2013年までに全廃されており、現在はデハ203号車が高崎駅の待合室として活用されている。
2005,09,10 高 崎★ |
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クハ300形2次車のうちクハ304号車は非冷房のまま存置されている。デハ204と共に2005年から富岡製糸場をPRする車両となっており、元々はコーラルレッド地にレンガ調のラッピングが施されていたが、2014年からは旧型国電のようにぶどう色一色となり、富岡製糸場世界遺産化を呼び掛ける標語が掲げられた。富岡製糸場の世界遺産登録後は標語を変えつつそのままの塗装で使用されていたが、700形の導入に伴い2019年3月を以て運用を離脱している。
2019,04,21 高 崎 |
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200形2次車の2両は、柔軟な運用を可能とするため、1989年から翌年にかけて高崎方に運転台を新設し、両運転台構造となった。増設運転台側は既存車と同じく右側運転台構造だが、当時廃車が発生していた東武3000系の部品が一部流用されたことから、東武鉄道の車両に似た前面となった。2次車は西武所沢工場で製造され、当時の西武鉄道に準じた側面構造となっているため、結果的に「正面は東武型、側面は西武型」という特徴的な車両となった。運転台増設後も高崎方にクハ300形を増結する機会が多く、特にぶどう色一色に塗装されたデハ204号車はクハ304号車とほぼ固定編成を組んでいたが、2019年3月にクハ304号車が離脱したことに伴い、増設運転台側を先頭にする機会が増えている。
2019,04,21 上州富岡 |