ケーブルカー(セイカン1)
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 本州と北海道を結ぶ海底トンネルである青函トンネルには、その建造時に作業員や物資輸送、緊急時の避難経路確保の用途で、青森県側と北海道側に各1か所ずつ斜坑が作られた。斜坑には階段と共に鋼索線が建設され、前述のとおり人員及び物資輸送に使用された。2つある斜坑のうち、青森県の竜飛定点(一時期は竜飛海底駅としてツアー客に開放)と地上を結ぶ斜坑の鋼索線は、青函トンネル開通後に斜坑入口に隣接して青函トンネル記念館が開館すると、同館の施設の一部として一般客に開放されることになり、鉄道事業法に基づく鉄道として認可された。下部の作業坑道の一部を展示品の保存場所として整備し、1988年7月から斜坑入口の「青函トンネル記念館駅」と坑道下部にある「体験坑道駅」の間、778mの間で一般営業運転を開始した。両駅間の高低差は140mで、体験坑道駅は文字どおり「海底下」に位置する駅であり、2022年時点では日本国内で最も低い位置にある駅となっている。本路線は元々事業用として建設されたことから交走設備を持たず、1両の車両が単純に上下する。また、気圧差による風圧を防止するため、青函トンネル記念館駅には通風門が設置されており、ケーブルカー通過時を除き閉じている。このため、架線やパンタグラフといった集電装置は持ち合わせていない。かつては青函トンネル内の竜飛海底駅からケーブルカーを介して記念館を見学するツアーもあったが、北海道新幹線建設に伴い竜飛海底駅が廃止され竜飛定点となって以降は、原則として地上側から体験坑道を見学するツアーのみの営業となっている。

 一般客が通常乗車可能な車両は、1988年の斜坑一般開放に併せて日立製作所で製造された「セイカン1」と称される車両である。「もぐら号」という愛称がつけられており、前面にはモグラのヘッドマーク、側面はモグラのイラストが描かれている。本車両の導入に際しては日本宝くじ協会の助成金が活用されており、そのため側面には「宝くじ号」の表記もある。全長10m級の車体はオレンジ色1色で塗装されており、記念館側前頭部には事業用路線からの転用ということもあるのか、全体的に非常にシンプルな造形となっている。体験坑道側前頭部には警報音を発するスピーカー(走行中は常時スピーカーから警報音を発しながら走行していたが、現在は発しないこともある模様)、記念館側には荷台とアンテナと思しきものが取り付けられている。側窓は2段に分かれているが、上部の小窓はガラスではなく金網が取り付けられており、その結果常に外気を取り入れながらの走行となる。車内は前頭部がロングシート、中間がクロスシートになっている。また、座席間に補助椅子も備えられている。通常のケーブルカーに比べて揺れが大きい本路線の特性もあり、座席にはシートベルトが備え付けられているが、必ず座る必要はなく、立ち客用の握り棒も備えられている。青函トンネル記念館の開館から現在に至るまで本車が専用で使用されており、記念館見学者の輸送等に従事している。なお、本路線のケーブルカーは一般客輸送用の本車両以外にも作業員等を輸送する車両も在籍しているが、普段は青函トンネル記念館駅構内の別箇所に保管されている。


 2016,05,04 青函トンネル記念館


2022/09/12