SKR200形
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 SKR200形は1987年の信楽線転換に合わせて富士重工で製造された、信楽高原鐵道の初代車両である。富士重工で製造された全長15.5m級の気動車で、それまで同社が製造していたレールバス「LE-CarU」での反省を踏まえ、車両工法を鉄道車両の工法に戻した(LE-Carはバスの車両工法を用いている)LE-DCシリーズの先駆けといえる車両となっている。ただし、同形式では側扉はバス用の折り戸を採用し、窓等もバス用部品を用いるなど、過渡的ともいえる車体となっている。なお、乗務員扉は運転台のある側にのみ備えている。機関出力は250PS、最高速度は80q/hとなっているが、とりわけ信楽〜紫香楽宮跡間で連続急勾配の連続する路線特性に鑑み、リターダブレーキと排気ブレーキを装備し、これにより抑速制動を行うことができる。車内は当初セミクロスシートとなっており、また当初は臙脂色のモケットが採用されていた。なお、当初より全車とも冷暖房装備を完備しており、以降のLE-DCシリーズにも受け継がれている。開業時は3両の陣容であったが1988年に更に1両が増備され、4両体制となった。なお、この際増備されたSKR204号車のみ、前照灯が貫通扉上、尾灯は丸形の独立配置という他の車両とは異なるデザインとなっていた。しばらくはこの陣容で推移したものの、1991年に発生した衝突事故の影響で、SKR202・SKR204の2両が大破し廃車の憂き目にあってしまった。その後1992年にSKR205号車が増備されており、しばらくは3両体制となった。このため、車両数としては5両が製造されているものの全車が会したことはない。登場当初は白を基調に、臙脂と紫のストライプが配されたもので、側面のデザインはヤマツツジの花をモチーフとしたものとなったが、後に白基調にライトグリーンの帯に配された塗装に変更されている。また、車内についても後にオールロングシートへと改造された。その後は経年による老朽化から2001年よりSKR310形への置き換えが始まり、SKR201・SKR203号車は廃車されている。唯一SKR205号車のみが残存し、予備車的な扱いながら現在も他車に伍して活躍していたが、後継のSKR500形に置き換えられる形で2017年2月に営業運転を終了した。その後先に置き換えられたSKR300形と同じく紀州鉄道に無償譲渡されることとなり、同社KR200形としてほぼそのままの形態で新天地での運用を始めた。

 2015,02,07 信 楽
2016/10/13