E41形
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 E41形は、1949年以降に国鉄1010形及びED36形を譲受したものである。元々は当時の青梅鉄道(青梅電気鉄道を経て現在のJR青梅線)が1926年に発注した1形及び1927年以降に発注した2形電気機関車で、総勢4両がイギリスのイングリッシュ・エレクトリックで製造された。「Dick Kerr」工場で製造されており、このことから国鉄のED50形等と同じく「デッカー」と呼ばれることもある。デッキ付き箱型車体を有するが、正面やや左側に貫通扉の寄った外観となっており、東武ED10形(後のED4000形)等にも類似する。1形・2形は1943年に1010形に改番のうえ車種統一され、翌年の国有化によって同番号のまま国鉄籍の車両となった。西武鉄道には1949年から翌年に2両が譲渡されたが、この時点では残り2両は国鉄籍で残り、1952年にはED36形に改番されている。この2両も1960年に西武鉄道に譲渡され、結局全4両が西武鉄道に集結することとなった。いずれも西武鉄道への導入当初は40形と称したが、1961年にE41形へと形式変更されている。1960年に導入された2両は、国鉄時代に主電動機の換装、歯車比の変更がなされている。集電装置はE43形が当初より2基配置、E44号機が増設で2基配置、残りは1基配置となっており、その他通風口や台枠の形状も1両ごとに異なるなど、同一形式でほぼ同じ外観ながら細部が1両ごとに異なっていた。西武鉄道ではディープラズベリー一色の塗装となったが、一時期緑、茶の塗装を纏った車両も存在する。一連の輸入電機の中では最も両数が多く、池袋線を中心に貨物輸送・工事列車で使用され、時には国鉄のマヤ34形を挟み検測を担うこともあった。E41は1976年に廃車され、残る3両もE31形の台頭に伴い1987年までに運用を退き、全車廃車されている。廃車後はE43・E44の2両が静態保存され、前者は現在まで横瀬車両基地に留置されている。後者は1990年から2015年までJR貨物新鶴見機関区内で保存され、2018年現在も別の場所に移設の上で現存している。

 2013,10,06 横瀬車両基地