20形
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 20形は1961年に導入された車両である。元は1925年に当時の大阪鉄道(後に関西急行電鉄への合併を経て近鉄南大阪線となる)が製造したデロ20形で、関西急行電鉄・近鉄ではモ5621形となっていた。1923年のデイ1形に次いで製造された全長15m級の半鋼製車両で、当初の前面は当時他事業者でも波及していた5枚窓となっていた。車内には彫刻が施され、側窓はアーチ型となり、半円状の上部窓には更に装飾が施されるなど優美な車両となっていた。傘下・系列の会社以外に近鉄の車両が譲渡された数少ない事例の一つである。全7両が製造されたうち琴電へは4両が譲渡されており、元々志度線への導入を想定していたこともあり、奇しくも落成当初の車号に戻された。琴電への譲渡に際しては、走行機器類を供出したことから信貴生駒電鉄(後の近鉄生駒線)由来の機器類を搭載し、かつ前面は貫通扉付きの平妻形状に改められた。この時21・23号車は外板更新によりアーチ窓の部分がなくなっているが、この時点では22・24号車はその跡が残され外観上の特徴となっていた。前述のとおり志度線への投入を考慮していたが、実際は琴平線を中心に全線で使用された。老朽化に伴う車体更新は1976年に23号車が、残り3両は1988年以降順次施工された。これにより22・24号車からも飾り窓の跡がなくなった。23号車は早期に更新されたため黒ニス塗り・彫刻の跡がそのまま残されていた。1994年の瓦町駅改良に伴う路線分断後は全車とも今橋に属し志度線で使用され、21世紀に至るまで長年志度線の増結用車両として活躍した。なお、塗装は長年にわたりファンタゴンレッドとオパールホワイトのツートンカラーであったが、21世紀になると旧性能車の標準塗装となったクリームと茶色のツートンカラーに塗りかえられた。しかし非冷房であり製造から長期間を経て老朽化も進んだこともあり、長尾線車両大型化に際し余剰となった600形・700形及びその改造車800形の転入で置き換えられることとなった。これにより3両が廃車され、1両が動態保存されることとなった。当初動態保存は21号が計画されていたが、内装が黒ニス塗りかつ近鉄時代からの彫刻が残るなど比較的原型を残していた23号車が選定され、同車は他の旧型車同様仏生山に転属した。以降は不定期に保存運転が行われている。なお、現在は23号車は自社発注の1000形由来の走行機器を搭載している。60形引退後は唯一他社から譲渡された動態保存車であると共に、2015年には製造から90年を迎えており、本線上を走行可能な車両としては最も古い部類に入る旅客車両となっている。

 2005,08,08 松島二丁目★


■Variation
 製造90周年を記念し、2015年に塗りかえが行われた23号車。アンケート調査で最も要望の多かった往年の琴電塗装(ファンタゴンレッド・オパールホワイト)が復元されている。

 2015,05,03 片原町