36-100系列
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 1984年の三陸鉄道開業に合わせて、その前年から新潟鐵工所及び富士重工にて製造が開始された車両である。形式の「36」は「三陸」をもじりつけられたもので、以降の三陸鉄道の車両にも受け継がれている。三陸鉄道は第3セクター鉄道の嚆矢ともいえる鉄道ではあるが、以降の第3セクター鉄道で多用されたレールバスではなく、国鉄への直通を前提としたこともあり全長18.5mの比較的大型の車体が採用されている。なお、いずれの車両も両運転台構造となった。塗装は白を基調に海を現す青と情熱を現す赤色を配したもので、前面は貫通扉付近を除きくの字状の形状となり、前述の塗装や大型の方向幕等と相まって当時としては斬新なデザインとなっている。走行機器類は同時期に製造された国鉄キハ37形のものをベースとしており、製造当初は直噴式縦型エンジンが搭載されていた。原型の車内はセミクロスシートで、ロングシートとボックスシートが互い違いに配置されるという当時としては珍しい内装となっていた。なお、36-200形にはトイレ横に自動販売機が設置されており、36-100形とは着席定員が異なっている。同系列は当初36-100形が10両、36-200形が6両という陣容となり、新潟鐵工所製の10両が北リアス線、富士重工製の6両が南リアス線にそれぞれ配置され、その後1985年には36-200形が3両増備された結果同形式は19両の陣容になった。なお、1994年に2両が事故廃車されているため以降は17両の陣容で推移している。いずれの車両も製造当初は非冷房であったが、1995年以降に順次冷房化がなされ、合わせてエンジンの換装が行われている。1997年からは夏季に三陸鉄道の両線を経由し仙台と八戸を結ぶ長距離列車「リアス・シーライナー」が運転を開始しているが、同列車におけるアコモデーション向上等を目的に2000年以降一部の車両の内装をJR485系発生品の転換クロスシートに改めており、施工車は種車の番号に1000が足され、形式が36-1100形及び36-1200形へと変更されている。更に2002年には36-100形の1両で内装がお座敷に改められた車両が現れ、該当車は種車の番号に2000が足され、形式が36-2100形に改められている。2008年からは一部の車両に対し機器更新が施工され、台車の換装や保安ブレーキの二重系統化、動力台車の2軸駆動化、保安装置の換装などがなされている。他方2009年からは老朽廃車も始まり、一部の車両はミャンマーに譲渡された。また2011年の東日本大震災では特に南リアス線に所属していた車両に被害が集中しており、トンネル内で被害を免れた1両を除いて冠水の影響で廃車されている。内装が改造された車両は2016年までに全て運用を退いており、2019年の時点では36-100形・36-200形合わせて8両が現存している。既に黎明期の第3セクター鉄道車両の生き残りとして貴重な存在であるが、震災を乗り越え、今もなお後継車に伍しての活躍が続く。

 2014,05,04 久 慈


■Variation
 南リアス線に在籍していた36-105号車。この車両は車内がオールボックスシートとなっている。2014年の時点では「キット、ずっと2号」としてキットカットと桜のラッピングが施されていた。この車両は東日本大震災発生時鍬台トンネル(吉浜〜唐丹間)を走行中であり、津波による被害を南リアス線の車両として唯一免れた。2013年の南リアス線一部復旧時には増備された36-700形と共に同線の輸送にあたり、「奇跡の車両」と称されることもあった。なお、このラッピングは2014年6月を以て終了しており、一旦ラッピング解除の後WAONの広告ラッピング車両に改められている。

 2014,05,05  盛 
 2019年時点での36-102号車。田老野球場を本拠地とする三陸鉄道の野球チーム「三鉄キットDreams」の全面ラッピング車両となっている。

 2019,06,15 宮 古
2019/07/09