2000形
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関連リンク京王2010系
 2010年登場。老朽化した釣り掛け駆動方式の旧型車を置き換えるべく、伊予鉄道より800系の譲渡を受けたものである。伊予鉄道800系は、元々京王電鉄を廃車になった2010系が1984年以降に譲渡されたものであり(ただし台車や走行機器は井の頭線で使用されていた高性能車である初代1000系より流用)、四半世紀以上の時を超えて再び関東地方に戻ってきたということになる。譲渡に際しては編成の短縮やワンマン運転用機器及び車いすスペースの増設等がなされている。また新たにドアチャイムや液晶式の運賃表示器を新設している。尚、外川方の運転台は1993年に2連運転用に増設されたものであり(元々伊予鉄道では3連を組んでいた)、京王5000系と同等のスタイルとなっている。両側で大きく前面のスタイルが異なることもこの車両の特徴として挙げる事ができるだろう。2000形は2連2本の4本が竣工し、2010年7月に営業運転を開始して釣り掛け駆動の旧型車を一掃した。銚子電鉄における新たな主力車両であり、同車のみ運用される機会も増えている。尚、伊予鉄道在籍時に設置された冷房装置は移籍後も存置された事から銚子電鉄としては初めての冷房車両となったものの、しばらくの間は変電所容量の問題から走行中の冷房使用はなされず、実質非冷房車と変わらない状態になっていた。2013年に補助電源装置をSIVに切り替えたことで走行中も冷房の使用が行えるようになり、名実ともに銚子電鉄初の冷房車となった。第2編成は2014年に発生した脱線事故の影響でしばらく運用を離れていたが、地元支援等により2015年に修繕・検査が行われ、現在は復帰している。

 2013,08,03 笠上黒生


■Variation
 銚子方先頭車はこのような湘南マスクであり、こちらがオリジナルスタイルである。第2編成は当初イオンショッピングセンターのラッピングが施されていたが、後に解除の後、京王時代の塗装であるアイボリーに臙脂帯の姿となった。京王時代の1963年〜1971年はこの塗装を纏っていた編成もいるため、実に40年ぶりに復活することとなった。

 2013,08,03 笠上黒生
 第2編成は2014年1月の脱線事故以降、1年以上に渡り運用を離脱していたが、銚子商業高校の生徒等によるクラウドファンディングが功を奏し、修繕・検査がなされた上で2015年4月に運用に復帰した。この際、銚子電鉄の旧標準色(西武赤電色に類似)に塗り替えられているが、湘南型の形状をしている2002号車は、同形状のルーツとなった国鉄80系等と同じく所謂「金太郎塗り」に塗り分けられている。

 2016,05,14 銚 子〜仲ノ町
 同じ旧標準塗装でも、「金太郎塗り」となっている2002号車とは異なり、外川方の2502号車は側面と同じ塗り分けとなっている。

 2015,08,01 仲ノ町
 第1編成は京王時代の標準塗装である緑一色に塗装されている。京王時代はこの塗装から「グリーン車」という愛称が付けられていたが、20数年ぶりに復活することとなった。ただし外川方の運転台は伊予鉄道在籍時に新設されたものであり、形状が銚子方とは全く異なっている。

 2013,08,03 銚 子〜仲ノ町
 塗装変更され印象の変わった2501号車。2017年の重要部検査に際し2501号車のみ塗り替えられ、京成電鉄の「青電」を思わせる濃淡ブルーのツートンカラーとなった。

 2018,02,02 銚 子
 塗装変更の後、車内の改装が行われた2501号車。床材をフローリング調とした他、吊り革の換装(木製とした)、手すりの真鍮色への変更、扉及び扉付近のこげ茶色への変更、側窓の飾りつけなど、レトロ調の内装とされている(対象は2501号車のみだが、一部は2001号車にも波及している)。なお、この改装はネーミングライツによる契約金で賄われており、「金太郎ホーム号・大正ロマン電車」という愛称がつけられている。

 2018,11,18 仲ノ町
 銚子方の2001号車。この姿の緑一色塗装は京王帝都電鉄時代を彷彿とさせるものである。一時期は車番表記がされていたが、現在は緑一色のままとなっている。また同編成は2013年10月の集電装置破損の影響で同月よりシングルアームパンタグラフに換装されており、しばらくそのままとなっていたが現在は菱形パンタグラフに戻されている。

 2015,08,01 銚 子〜仲ノ町
 営業運転開始前、1000形と並ぶ2000形第1編成。この時点ではサボ受けは取り付けられていない。この後、前面サボ受けの取り付けや車番設置等がなされ、2010年8月より営業運転に供されている。

 2010,01,01 仲ノ町車庫
2018/11/21